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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)4011号 判決 1967年4月06日

原告 日下雄 外一名

被告 一ツ星産業株式会社 外一名

訴訟代理人 伴喬之助 外二名

主文

被告一ツ星産業株式会社は原告日下雄に対し金二〇九、九五〇円、原告中村静江に対し金九、九五〇円と右各金員に対する昭和三八年九月六日から右支払済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

原告等の被告一ツ星産業株式会社に対するその余の請求および被告国に対する各請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等と被告一ツ星産業株式会社との間で生じたものはこれを二分し、その一を原告等、その余を被告一ツ星産業株式会社の負担とし、原告等と被告国との間で生じたものは原告等の負担とする。

この判決は原告等の勝訴部分に限り、原告日下において金六〇、〇〇〇円の担保を供したときは仮りに執行することができ、原告中村において担保を供せずして仮りに執行することができる。

事実

(当事者双方の申立)

第一原告の申立

被告等は連帯して原告日下雄に対し金五一四、二〇〇円、同中村静江に対し金一六四、二〇〇円と右各金員に対する昭和三八年九月六日から右各支払済までそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二被告等の申立

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決を求める。

(当事者双方の主張)

第一原告等主張の請求原因

一  原告等は昭和二〇年八月以降内縁関係を継続し、三子をもうけているのであるが、同三〇年六月頃、大阪市天王寺区東平野町三丁目一〇番地上家屋番号同町一〇一番木造瓦葺二階建建物(以下本件建物という)を共同で購入し、同建物内で「上六サントリー・コーナー」の名称で飲食店営業を行うとともに大阪バー経営者組合事務所ならびに雑誌「洋酒王国」の発行所として使用していた。

二  ところで、原告中村は昭和三八年七月一一日生野簡易裁判所において同庁昭和三八年(ハ)第四六号請求異議事件について被告一つ星産業株式会社「以下被告会社という」との間において左記要旨の裁判上の和解をした。

1 原告中村は被告会社に対し本件建物を昭和三八年八月一〇日限り明渡す。

2 被告会社は原告中村に立退料として同年八月五日に金七〇〇、〇〇〇円、本件建物明渡と同時に金七〇〇、〇〇〇円合計金一、四〇〇、〇〇〇円を支払う。

三  しかるところ、被告会社は同年八月中旬原告中村代理人松尾利雄弁護士に金七〇〇、〇〇〇円を支払つたのみで、残金の支払をしないにもかかわらず、全額金一、四〇〇、〇〇〇円を支払つたものと偽つて生野簡易裁判所を欺罔して右和解調書につき本件建物明渡のための執行文の付与を受け、大阪地方裁判所執行吏岡本照雄に本件建物明渡の執行を委任し、同執行吏は同年同月二六日原告日下が独立して本件家屋を占有しており、その旨強硬に弁疎したにもかかわらず原告中村に対する右債務名義をもつて原告等に対し本件家屋の明渡の執行をした。

そして更に同年同月二九日右岡本執行吏は被告会社の指示により原告等共有の別紙物件目録<省略>記載の動産(以下本件動産という)につき、明渡人夫費用、保管替費用に充当すると称して民事訴訟法第五五四条に仮託して差押執行をなし、同年九月六日本件動産を競売してしまつた。

以上の事実から右執行はいずれも違法なことが明白である。なお民事訴訟法第五五四条は金銭債権についての強制執行につき規定したものであつて、非金銭債権についての強制執行に適用はない。すなわち金銭債権についての強制執行では債務者の財産の差押をなすのであるからそれを利用して執行費用の取立てをなすべく右規定が置かれたのであつて、非金銭債権についての強制執行では執行費用についての執行は別個に裁判所の費用確定決定を得たうえでなすべきである。

四  原告等は被告会社の委任により右岡本執行吏のなした違法な執行により本件建物の明渡を強制され、更に原告等共有の本件動産の所有権を侵奪され、その結果原告等は次のような損害を蒙つた。

(1)  原告日下は違法な明渡執行により三ケ月間自己の営業活動を停止し、少くとも金一五〇、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失したほか信用を失墜せられ、金二〇〇、〇〇〇円相当の無形の損害を蒙つた。

(2)  原告等はその共有の本件動産に対する違法な執行によりその所有権を失い、その価額(別紙物件目録記載のとおり)に相当する金二七八、四〇〇円の損害を蒙つたほかこれにより信用を失墜せられ又右物件奪取による精神的苦痛を蒙つたのでこれを慰藉するには金五〇、〇〇〇円が相当である。

五  ところで、被告会社は故意又は過失により岡本執行吏に右違法な執行行為の委任をなし、右執行吏は職務を行うにつき故意又は過失により違法な執行行為をなし、それにより原告等に対し前記損害を与えたのであるから被告会社は不法行為者として、被告国は国家賠償法により原告等に対し右損害を賠償する義務がある。

よつて原告日下は被告等に対し連帯して明渡執行についての損害賠償として金三五〇、〇〇〇円、動産競売についての損害賠償として金一六四、二〇〇円(本件動産は原告等の共有であるから前記金額を二分した額)と右各金員に対する右後の不法行為の日である昭和三八年九月六日から右各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告中村は被告等に対し連帯して動産の競売についての損害賠償として金一六四、二〇〇円とこれに対する右不法行為の日である右同日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二被告等の答弁

一  被告国

(一) 請求原因第一項のうち原告等が内縁関係にあつたこと、原告中村が本件建物中で飲食店営業を営んでいたことは認めるが、原告等が共同で飲食店営業を営んでいたことは否認、その余の事実は知らない。

(二) 請求原因第二項の事実は認める。

(三) 請求原因第三項のうち、被告会社が原告中村に対し金七〇〇、〇〇〇円を支払つたのみで、残額を支払わなかつたこと、被告会社が裁判所を欺罔したこと、岡本執行吏が原告等に明渡執行をしたこと、本件動産が原告等の共有であつたことは否認、その余の事実は認める。右執行は和解調書の執行力ある正本にもとづき原告中村に対し適法に執行したものであつて違法な点はない。

なお、明渡執行費用の取立について別段の債務名義を必要としない。強制執行に必要な費用は債務者の負担に属し、強制執行をなすべき請求と同時に取立てられることは強制執行の総則規定たる民事訴訟法第五五四条に明定されているところであり、基本債務名義が金銭の支払を目的とするものであると、金銭の支払を目的としないものであるとによつて区別されるものではない。

(四) 請求原因第四、五項は争う。

二  被告会社

(一) 請求原因第一項のうち原告等が内縁関係にあつたこと、原告中村が「上六サントリー・コーナー」の名称で飲食店営業を営んでいたことは認めるが、原告等が共同して右営業を営んでいたことは否認、その余の事実は知らない。

(二) 請求原因第二項の事実は認める。

(三) 請求原因第三項中被告会社が裁判所を欺罔したこと、原告等に対し執行したこと本件動産が原告等の共有であつたことは否認、本件動産に対し執行費用取立のため執行したことは不知、その余の事実は認める。原告中村は被告会社に対し金一、四〇〇、〇〇〇円のうち金七〇〇、〇〇〇円の請求権を放棄したものであり、建物明渡執行は原告中村に対してなしたものである。なお民事訴訟法第五五四条に関する主張は争う。

(四) 請求原因第四項の事実は知らない。

(五) 請求原因第五項は争う。

(証拠関係)<省略>

理由

一  原告等は昭和二〇年八月から内縁関係を継続していることは当事者間に争いがなく、成立に争のない甲第六号証の一、原告等各本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二号証、同第三号証の一、二、同第五号証に証人炭谷圭之助、同中西好美、同日下勝雄、同岡本照雄の各証言、原告各本人尋問の結果によると原告等は昭和三〇年六月頃大阪市天王寺区東平野町三丁目一〇番地上家屋番号同町一〇一番地木造瓦葺二階建居宅一棟一階九、五八平方メートル(二坪九合)二階八、九二平方メートル(二坪七合)を購入して原告中村名義に所有権取得登記をし、従来の建物を一・二階二三、一四平方メートル(七坪)三階一四、八七平方メートル(四、五坪)に改造し、一階部分において「上六サントリー・コーナー」という名称で原告中村名義で飲食店営業(スタンドバー)を経営し、二、三階は原告等家族(原告等には三人の子があり本件建物に原告等と同居していた)および住込雇人の居室として使用し、また二階部分を原告日下が雑誌「洋酒王国」を発行するについてその事務所に兼用しており、また昭和三八年六月頃からその頃結成され、原告日下が理事長をする大阪バー経営者組合の事務所としても使用していたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

二  成立に争のない甲第六号証の一、証人岡本照雄の証言、原告中村、被告会社代表者各本人尋問の結果によると原告中村は被告会社から昭和三七年一〇月頃本件建物を担保に金員を借り受け、生野簡易裁判所昭和三七年(ノ)第三九号の調停事件において原告中村が右金員を返済しないときは本件建物の所有権を被告会社に移転し、本件建物を被告会社に明渡すことを内容とする調書を作成したこと、被告会社は同三八年五月頃、原告中村の右金員返済が期限内になかつたものとして右調停調書にもとづき原告中村に対して本件建物明渡の強制執行しようとしたので、これに対し原告中村は請求異議の訴(生野簡易裁判所昭和三八年(ハ)第四六号事件)を提起したことが認められ、他に右認定に反する証拠がない。

そして原告中村は昭和三八年七月一一日生野簡易裁判所において右請求異議事件について被告会社との間において、原告中村は被告会社に対し本件建物を昭和三八年八月一〇日限り明渡すこと、被告会社は原告中村に立退料として同年八月五日に金七〇〇、〇〇〇円、本件建物明渡と同時に金七〇〇、〇〇〇円合計一、四〇〇、〇〇〇円を支払うことを内容とする裁判上の和解が成立したことは当事者間に争いがない。

三  被告会社代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七、八号証、原告中村本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる同第九号証に右各本人尋問の結果によると被告会社は昭和三八年八月九日右和解による金員の支払として原告中村代理人松尾利雄弁護士に金一、四〇〇、〇〇〇円を支払つてその領収証を受領したのであるが、原告中村が本件建物の明渡期限である同年同月一〇日にその明渡をしなかつたので、翌一一日被告会社は右松尾弁護士から金七〇〇、〇〇〇円の返還を受けたこと、その後被告会社は生野簡易裁判所に対し右金七〇〇、〇〇〇円の返還を受けたことを秘し右松尾弁護士から受領した金一、四〇〇、〇〇〇円の領収証を資料として添付し、右和解調書について原告中村に対する本件建物明渡についての執行文の附与を申請し、(甲第六号証の一によると右和解調書の和解条項には、被告会社は原告中村に対し立退料として金一、四〇〇、〇〇〇円を贈与することを約し、これを来る昭和三八年八月五日金七〇〇、〇〇〇円、本件建物明渡しと同時に残額金七〇〇、〇〇〇円を大阪市南区難波新地五の六六原告中村代理人弁護士松尾利雄事務所方に持参して支払うことに定められているところ、原告中村代理人方払の定めから推して本件建物の明渡しと同時に支払うべきものと定められている金七〇〇、〇〇〇円の支払は、本件建物の明渡に対して先履行の関係、すなわち本件建物明渡の条件になつているものと解せられる)右裁判所を原告中村が被告会社から金一、四〇〇、〇〇〇円を受領したものと誤信させて右和解調書の正本に執行文の附与を受けたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

なお被告会社は金七〇〇、〇〇〇円について原告中村が債権を放棄したものであると主張するが、これを認め得る証拠がない。

四  そして被告会社は大阪地方裁利所執行吏岡本照雄に右債務名義にもとづき本件建物の明渡の執行を委任し、同執行吏は昭和三八年八月二六日本件建物明渡の執行をしたことは当事者間に争がなく、また、成立に争のない甲第一〇、一一号証、証人岡本照雄の証言、原告等各本人尋問の結果によると岡本執行吏は被告会社の委任により右建物明渡執行の執行費用の取立のため、右和解調書正本にもとづき民事訴訟法第五五四条により別紙目録記載の動産を差押え、昭和三八年九月六日右動産を競売したことが認められ、(この点については原告等と被告国との間では当事者間に争がない)、他に右認定に反する証拠はない。

そこで、原告等は右岡本執行吏のなした本件建物明渡の強制執行は本件建物を原告日下が独立して占有したものであり、原告日下がその旨強硬に弁疎したにもかかわらず、原告中村に対する債務名義をもつてなしたものであるから違法な執行であり、右違法執行は岡本執行吏の故意又は過失にもとづくものであると主張するので検討する。

(一)  本件建物の従来の使用状況は前記第一項で認定したとおりであつて右使用状況からみると本件建物は原告等によつて共同占有していたものと認められ、また証人中西好美、同日下勝雄、同岡本照雄の各証言および原告等各本人尋問の結果によると原告等は本件建物の明渡執行の数日前諍いをし、原告中村は本件建物を離れ右執行当時本件建物にいなかつたことが認められるが、右各証拠(但し原告等各本人尋問の結果はその一部)によつて明らかなように原告中村は本件建物を出るに当つて何物も持つて出ず、一ケ月を経ないうちに原告日下と仲直りして同居している事実から原告中村が本件建物を出たのは原告日下との喧嘩のほとぼりをさます一時的なものに過ぎないことが認められ、それによつて原告中村の本件建物の占有を失うに至つたとみることができず、右本件建物執行当時においても本件建物は原告等の共同占有下にあつたものと解され右認定に反する原告等各本人尋問の結果の一部は採用し難い。そうすると原告中村に対する右債務名義をもつて本件建物の共同占有者である原告日下に対し本件建物明渡の強制執行をすることができないものである。

(二)  ところで成立に争のない甲第一〇号証、乙第一号証に証人中西好美、同日下勝雄、同岡本照雄の各証言、原告等各本人尋問の結果によると岡本執行吏は被告会社から前記債務名義により原告中村に対する本件建物明渡の執行委任を受け、昭和三八年八月二三日本件建物へ明渡執行の予告に赴いたところ、原告中村は不在であり、その内縁の夫原告日下に出会したこと、その際原告日下は岡本執行吏に対し原告中村が二、三日前に家を出てしまい現在家にいるのは原告日下と子供、雇人である旨述べて原告日下の居住証明書を提出したのであるが、岡本執行吏は昭和二五年に一度、同三六年に二度本件建物において原告中村に対する仮差押執行をし、また、同三八年五月頃被告会社の委任により前記請求異議事件のもととなつた生野簡易裁判所昭和三七年(ノ)第三九号事件の調停調書にもとづき原告中村に対し本件建物明渡の予告をしたことがあり、その当時から原告日下が本件建物に原告中村と同居していたがこれについて原告日下が何等異議を述べたことがなく、又、スタンドバー等の営業は女性名義で行われているのが常で本件建物の外観、使用状況に変化がないので、原告中村が家出したというだけでその内縁の夫原告日下が本件建物に残つているのであるからなお本件建物の占有が原告中村にあるものと判断し、原告日下に対し同年同月二五日に執行する旨予告して辞去したこと、同年同月二六日午前六時頃岡本執行吏は被告会社代理人塚谷光、人夫数人と共に本件建物明渡執行のため、本件建物に行つたところ、原告日下は原告中村が本件建物にいないし、本件建物は自分のものであるから執行できない旨述べて明渡を拒否したこと、ところで岡本執行吏は本件建物の状況が右明渡予告の時と全く同じであることから本件建物の占有は原告中村にあるものと判断して本件建物の明渡執行をした(但し一階東南隅の部分を第三者が使用中であつたので執行しなかつた)こと本件建物のいずれの部分も原告日下が他と独立して占有しているものと認められるような情況は見当らなかつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

しかるところ、一般には夫婦の居住家屋の占有にあたつては夫は一家の主宰者として居住家屋の占有は夫にあり、妻は夫の占有補助者とみられるのであるが妻の特有財産に居住し、妻の営業によつて生活を立てている等特別な場合にはその居住家屋の占有は妻にあつて夫は妻の占有補助者とみられるところ、本件にあつては先に認定したとおり、本件建物の所有権名義が被告会社に移る以前においては原告中村にあり、また原告等家族の生計を支えているとみられる飲食店営業の営業名義が原告中村にあつたのであるから外観上本件建物の占有は原告中村にあつてその内縁の夫原告日下は原告中村の占有補助者とみられるのが普通であるから、右の事実を知悉していた岡本執行吏において本件建物についての実質的な支配関係、飲食店の営業関係を知つていたことを認め得る証拠がない以上、原告日下が原告中村が本件建物におらず自己が占有者であることを主張するだけで格別原告日下のそれと異なる占有を窺わせる資料を示すこともしなかつたのであるから証人炭谷圭之助、同中西好美、同日下勝雄の各証言、原告等各本人尋問の結果中に述べているように本件建物の二階への入口に原告日下の表札、「洋酒王国」「大阪バー経営者組合」の表示があつたとしても岡本執行吏において本件建物が原告中村に占有があり、原告日下をその占有補助者と認めて原告中村に対する債務名義をもつて本件建物明渡の強制執行したことについて岡本執行吏に過失があつたということができない。

なお岡本執行吏は本件動産が原告中村の所有であると認めて右執行費用取立のため競売したことは前記認定から明らかであるところ、原告等各本人尋問の結果によれば本件動産は全部飲食店営業の営業用器具で原告等の共有と認められるのであるが、岡本執行吏においてこれを原告中村の所有と認定したことについては右と同様岡本執行吏に過失があつたものと認め難い。

次に原告等は家屋明渡を目的とする債務名義にもとづく強制執行についての執行費用の取立については民事訴訟法第五五四条の適用がないと主張するが、明渡を目的とする債務名義であつても執行費用の取立について民事訴訟法第五五四条の適用があり、基本たる債務名義のほかに特別の債務名義を必要としないものと解すべきであるから岡本執行吏の本件執行費用取立のための執行を右規定によつてなしたことを違法というのは当らない。

五  そうすると岡本執行吏には右のとおり故意はもちろん過失も認められないから被告国は原告等に対して何等損害賠償責任を負ういわれはないけれども、被告会社は本件建物明渡のための条件である金七〇〇、〇〇〇円の支払をすることなく(一旦支払つたがその金員の返還を受けた)そのままでは執行文の附与を受けることができず、従つて本件和解調書にもとづく本件建物明渡の強制執行のできないことがわかりながら(少くともわかり得た筈でありながら)原告中村代理人弁護士松尾利雄から受領した一、四〇〇、〇〇〇円の領収書を生野簡易裁判所に提出して同裁判所を原告中村に対し金一、四〇〇、〇〇〇円の支払をしたものと誤信させ、前記和解調書に執行文の附与を受け、それにより本件建物の明渡執行ならびにその執行費用の取立を岡本執行吏に委任してその執行をさせたのであるから原告等が右執行によつて蒙つた損害を賠償する責任があるものといわなければならない。

六  よつて右執行により原告等の蒙つた損害について検討する。

(一)  原告日下は右明渡執行により三ケ月間自己の営業活動を停止し少くとも金一五〇、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失したほか信用を失墜せられ、金二〇〇、〇〇〇円相当の無形の損害を蒙つたと主張するので考えてみるに、証人中西好美、日下勝雄の各証言、原告等各本人尋問の結果によると右執行により他に店舗を求めて営業を再開するまで三ケ月間飲食店営業並びに出版営業を中止せざるを得なかつたことはこれを認められるけれども、本件全証拠によるも得べかりし利益の額についてはこれを認め得る証拠はなく、本件建物の明渡執行により原告日下の信用が失墜したであろうことは右認定事実から容易に推認しうるところ、右営業の種類、休業期間等を考慮すると損害を償うには金二〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

(二)  次に原告等はその共有の本件動産に対する執行により、その所有権を失いその価格合計金二七八、四〇〇円に相当する損害を蒙つたほかこれにより信用を失墜せられ、右物件奪取による精神的苦痛を蒙つたのでこれを慰藉するには金五〇、〇〇〇円が相当であると主張するので考えてみる。

原告等はその共有の本件動産を競売されたことにより本件動産の所有権を喪失し本件動産の価格に相当する損害を蒙つたものと認められるが、本件動産の価格については、原告中村本人尋問の結果中原告等の主張に添う部分があるけれども各物件とも購入時の価格が原告等の主張のとおりであるとしても使用年数に比してその執行当時の価格は高きに失するきらいがあつてそれをそのまま信用することができないところ、成立に争のない甲第一一号証によると執行吏の差押見積価格が別紙物件目録認定欄記載のとおりであり本件動産の価格は少くとも執行吏の差押見積価格より高額であると認められるのでその金額(合計金一九、九〇〇円)をもつて相当とする。ところで原告等は右執行により信用を失墜せられ、又右物件の所有権侵奪による精神的苦痛を蒙つた旨主張するが右信用の失墜は専ら本件建物明渡執行によるものであり、また本件動産の所有権喪失による精神的苦痛は特別の事情のない限り右損害賠償請求が認められたことにより慰藉されたものというべきであるからこの点に関する原告等の主張は失当である。

七  以上のとおりであるから被告会社は原告日下に対し本件建物明渡の不法執行にる損害賠償として金二〇〇、〇〇〇円、本件動産に対する不法執行による損害賠償として金九、九五〇円(共有物の価格の二分の一)合計二〇九、九五〇円とこれに対する後の不法行為の日である昭和三八年九月六日から右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべく、また原告中村に対し本件動産に対する不法執行による損害賠償として金九、九五〇円と不法行為の日である右同日から右支払済に至るまで同様年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべきである。

よつて原告等の被告会社に対する請求のうち右の限度において正当であるからこれを認容し、それを超える部分はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、また被告国に対する請求はいずれも全部これを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷喜仁)

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